月夜と彼女(第4回妄想大会投稿作品その1)



「ごめんね、全然予定空けられなくて」

私たちは、またまた電車に揺られている。
とは言っても、こうやって旅行するのはかなり久しぶり。

大学を卒業と同時に同棲を開始して、当然だけど二人で共有できる時間は以前より増えた。
でもお互いに仕事がある関係上、ゆっくり過ごせる時間はそこまで多いわけではなかった。

私の方も、女優としての活動が本格的になってからは一層出演数も増えてきた。
合間を縫って休みを取って二人で過ごす日も作ったりしてはいるけど、まとまった休みをとれる機会はほとんどなかった。


「いいって、それだけちづるが有名になってきたってことじゃん」

「ふふっ、そうかもしれないわね」

「俺もずっと応援してるから」

「ありがと」

こんな風に彼はいつも私の事を応援し続けてくれている。
私の記事が載っている雑誌はすべて買っているし、出演舞台は毎回チケット取って観に来てくれている。

招待できるんだから別にいいって何度言っても、
「女優一ノ瀬ちづるには一ファンとして向かい合いたいんだ。だからちゃんと自分でチケット取るし、自分でお金を出したい」
「だって俺は一ノ瀬ちづるの大ファンなんだからさ!」
と、断ってくる。
......いずれ、二人共有のお金になるかもしれないのに。

それに、こっそり最近
"一ノ瀬ちづる(非公式)ファンクラブ"
を立ち上げていたのを知っている。
活動もかなり積極的に行っていて、ちょっとずつ会員も増えてきている。

そんな彼の応援が本当に嬉しいし、何より私の力になっている。


「それで、今回はどこに行くの?」
「前と同じ電車だけど、また鬼怒川?」

「いや、今回は鬼怒川じゃなくて日光」

「日光?あの東照宮とかで有名な?」

「うん。厳密にはもうちょっと奥に行くんだけどね」

「へえ。楽しみ」


そんな感じで雑談をしていたら、下今市駅に着いた。
ここで東武日光線に乗り換える。

スペーシアきぬがわを下車し、向かいのホームで乗り換え電車を待つ。
他にも乗り換え待ちの客がかなりいたが、

「なんか乗り換え客、男女ペアばっかりだな。」
「みんな夫婦とかカップルなのかな」

「何言ってるのよ、私たちもそうでしょ?」

「そうだよな、ははは」

「もうっ」

東武日光線の電車に乗り、約30分で東武日光駅に到着。
そのまま改札を出ようとしたら、

「あれ?改札行かないの?」


なぜか改札横の窓口に向かっている。


「まあまあ、来てみて」


...?


「すみません、持ち帰りでお願いします」

『持ち帰りですね、少しお待ちください』

「はい、お願いします」

「持ち帰り?」

「うん、普通に自動改札通っちゃうとそのまま吸われちゃうけど、こうやって窓口でお願いするとそのまま持ち帰れるんだ」
「なんか旅行の記念って感じでいいと思って」

「へえ、素敵じゃない」
「それなら今までの旅行でもそうすればよかったのに」

「それが、これ知ったの最近でさ」
「知った時、もっと早く知ってたら今までのも残してたのに、って後悔したよ」

「あはは」
「別に今までのが無くなっても、これから集めていけばいいじゃない」

「そうだよな!」


使用済みのスタンプを押してもらった切符を受け取り、そのままバス停に向かう
駅の出口にある表示によると、すぐにバスは来るみたい。

10分ほどでバスが到着、そのまま乗り込む。


しばらくは比較的平坦な道を進んでいたが、途中からかなり急なカーブが続く道になった。
有名な日光のいろは坂

カーブが延々と続くため、常に体が左右に揺らされる。
また、カーブを過ぎながら標高も上げていくため、ガードレールの先には空しか見えない。

そんな景色がずっと続くので、どんどん空に向かって登って行っているような感覚になっていく。


坂を登り切ると急に視界が開ける。
そのまままっすぐ進むと左側にとても広い湖・中禅寺湖が見えてきた。

ちょうど時間はお昼時、太陽は真南を指している。
太陽の光が水面に反射してキラキラと輝いている。

「キレー」

「...君の方がきれいだよ」

「ははっ、何そのテンプレのセリフっ」

「ほっとけ」

「...でもありがと、うれしい」

「お、おう」


そんなやり取りをしながらバスに揺られていると、卵の香りがしてきた。

「硫黄の匂い?」

「もうすぐ着くし、温泉の匂いかな?」

「なんかラーメン食べたくなってきたかも」

「なんでw」

「なんだろう、硫黄だけじゃない何かの成分混ざってたりするのかな」


しばらくすると終点の日光湯元のバス停に到着。
そこから宿まで徒歩約10分。


今回の宿に到着。

「へえ、ここ日帰り入浴もやってるのね」

「そうみたいだな」
「でもちょうど終わりの時間みたい」

「だから結構出てくる人いるのね」

「じゃあチェックインしちゃおうか」

「そうね」

そのまま建物の中に入る。
ちょうど日帰り入浴の終わりの時間のため、少しフロントは混雑していた。
その中に混ざって受付をする。

本来のチェックイン時間より少し早いのと日帰り入浴利用の客が多かったので間違われそうだったけど、ちゃんと伝えたらチェックインの手続きをしてもらえた。

チェックインを済ませ部屋に向かう。
泊まる部屋はフロントの棟とは別の棟のようなので、館内通路を少し歩く。

部屋に到着し、鍵を開けてそのまま中に入る。
今回泊まるのは和室の部屋。

といっても、2人で旅行するときは大体和室を選んでるので、今回はっていうわけでもないんだけど。

そのまま荷物を降ろすと、

「あれ、何この椅子」

窓際のテーブルのところに面白い形の椅子があることに気付いた。

「なんか横になれそうね」

「寝そべりながら景色見てられそうだな」

「いいわねそれ」

そんな感じで部屋を眺めながら一息つく。

「温泉入るにはちょっと早いけど、どうする?」

「うーん、ちょっと周り散歩したいかも」

「俺は一旦休みたいかな」

「ずっと座りっぱなしだったものね」
「じゃ、ちょっと行ってくるね」

「いってらっしゃい」


そして宿の外へ出る。

少し散歩したくなったのは、ここの空気を堪能したかったのもあるけど宿まで行く途中にちょっと気になった場所があったから。
宿からも遠くなく、ほんのちょっと歩いたところにそこはある。

「おー」

かなり大きい湖で、こちらの方向からだと山もあまり見えないので青空がくっきり広がっている。
湖岸には石で敷き詰められていて湖までそのまま行くことができるので、水遊びする人や釣りを楽しんでる人たちでにぎわっていた。
「こういうところもいいわね」

足場に気を付けながら歩いていると、看板を見つけた。

『湯の湖は試験研究用水面です』
『湯の湖には明治時代に初めて魚類が放流さ入れて以来、多くの種類の魚が放流されてきました。現在では、ヒメマス、カワマス、ニジマス、ホンマス、コイ、フナ、ワカサギなどたくさんの魚がすんでいます。』
『国立研究開発法人水産研究・教育機関は関係機関と連携し、湯の湖・湯川において、自然環境に配慮した水産業の振興を図るための試験研究を行っています。このため、魚類の無断放流や無断捕獲、ボートの持ち込みなど、当該試験研究に影響を与える行為は堅くお断りしています。』
『釣りをされる方は、釣り場管理者の指示に従い、ルールを守って釣りをするようお願いします。どうぞご理解・ご協力をお願いいたします。』


「へー、試験用の湖なんてあるのね」
「あとで和也にも聞いてみよ」


賑やかな湖の中に、少し涼しめの風が吹いている。その風にあおられて髪がなびく。
湖面には波の模様が均等に並んでいる。


やっぱりこういうところは落ち着く。
最近はこうやってのんびりする時間もあまり取れてなかったから、時間を忘れてボーっとしたくなる。


でもあんまり風に当たりすぎてもいけないので、そろそろ戻ることにする。
和也とも一緒に居たいし。

 

宿に戻ってそのまま温泉に入る。

そして夕食の時間。
用意された席に座り、献立表を見る。

よくある会席料理の献立だけど、左側の項目に料理名がかなり並んでいる

「もしかして、これ全部出てくるの?」

「ここの夕食、全部会食じゃなくてご飯ものとかはビュッフェ形式になってるみたい」
「そのビュッフェのメニューなんじゃないかな」

「なるほど、なんか面白いわね」
「それなら、ちょっと取ってこようかな」

「じゃあ、その後俺も行くよ」

「わかった」


そのまま食事時間ギリギリまで、約1時間程食べていた。

部屋に戻り、布団の準備をして、電気を消す。

「明日のためにも今日は早く寝ましょ」

「...そう、だよな」

「......」
「...別に、夜は明日もあるから...」

「...うん」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 


――――――――

 

2日目。

ビュッフェ形式の朝食を済ませ、支度をして。
昨日、降りたバスターミナルでバスに乗り込む。


バスに揺られること18分。
赤沼バス停で下車。


「ここから戦場ヶ原通って湯元の方まで戻っていく感じ」
「大体2時間から3時間ぐらい歩くことになっちゃうけど大丈夫?」

「別に平気よ。バラエティ番組の企画で電車の沿線ひたすら歩かされたこともあったし」

「そういえば確かに」

「それに...、あなたと一緒だから。」
「そりゃずっと歩くのは疲れるだろうけど、あなたと一緒に居られるんだから全然問題ないし。」
「企画で他の出演者さんたちと歩くより、あなたと一緒に歩く方が何倍も楽しいもの」
「だから大丈夫っ」

「ちづる...」

「そんなことより、あなたこそ平気なの?」

「う...。が、がんばる」

「もうっ、しっかりしてよね」


バス停傍の店で飲み物を買って出発。

 

最初は樹林帯の中を進む。

舗装はされていないが平坦で歩きやすい道。
頭上はほとんど木で覆われているものの、ところどころの隙間から日が差し込んでくる。
道の右側には小さな川が流れていて、差し込んだ光で輝いている。

他の観光客で賑わってはいるけどそこまで気になるほどでもなく、鳥のさえずりと川のせせらぎが耳に染み渡る。

「いいな、こういうところ」

「本当に。涼しげでこの時期にぴったり。」

 

樹林帯の中を進んでいくと、途中で木道に変わる。
次第に木々も減ってきて右側の方は視界も開けてきている。

ふと、少し寄ったところに展望スポットになっていそうな場所を見つけたので少し寄ってみることにした。

すると、


「「おおー!」」

遮るものが全くなく、視界全体に景色が広がる。
目の前には一面の黄色の絨毯、奥には日光の山々がそびえる。
その中で、右側にひときわ目立つ山がある。

「あの山って?」

「あれは男体山かな」
男体山とこの戦場ヶ原ってちょっとしたエピソードがあって、」
中禅寺湖をめぐって群馬の赤城山男体山が争ってて、その戦場がここだった。だから"戦場ヶ原"っていう名前が付いた、っていう伝説があるみたい」
「結局勝ったのは男体山の方だって」

「へー」
「...もしかしてわざわざ調べてきたの?」

「やっぱり、せっかく一緒に来るんだからちづるにはできるだけ楽しんでほしくってさ。面白そうな話はどうしても調べておかなきゃって思っちゃって」
「なんだろう、レンタルしてた頃からの習慣になっちゃってるのかな。はは...」

「...ありがと」


そんな彼の想いを受け止めつつ、先へ進む。

 

――――――――――

 

今回の旅行で、俺はとあることをやり遂げようとしている。

ただ、まだ実行には移さない。
日中は彼女には十分楽しんで欲しいから。


そのために観光スポットだって調べたし、エピソードだって目を通してきた。
だから、楽しんでくれてるみたいでちゃんと調べてきてよかったって思える。

 

木道を進んでいく。
聞こえてくるのは、虫の声と、風で草木がなびく音。
そして、木道を歩く二人の足音。


隣を見ると、風に髪をゆだねながら楽しそうに微笑みながら歩く彼女。

そんな彼女と手をつなぎながらこうやって一緒に歩んでいられることが幸せだし、この先もずっとこうあっていたい。


だからこそ、何としても今日は成功させたい。

きっと彼女も同じ気持ちだと思うから...

 

――――――――――

 

木道からまた樹林帯に変わりずっと行くと、湯滝にたどり着く。

滝のスケールのデカさに圧倒されながらしばらく休憩し、近くのバス停から宿へ戻る。


宿に戻ってきて、そのまま温泉に向かう。
ここの温泉では、QRコードでその時間の混雑度が確認できるページに行けるんだけど、今はほぼ空いているらしい。

部屋に備え付けられたかごに浴衣と替えの下着を詰めて脱衣所に向かう。
入ってみると、確かに他に今利用者はいなさそう。

適当なロッカーを選んで、荷物を置く。
そのまま服を脱いでいき、それを畳んでロッカーにしまう。

部屋備え付けタオルを持って浴場へ移動する。

やはり他に人はいなかった。完全に貸し切り状態。

ひとまず体を洗いに行く。


一通り洗った後、内湯に入る。

「ふうっ」
思わず声が出てしまった。

何時間も歩いたのでやはり疲れは残ってる。


誰もいない湯船の中で一人、昨日と今日あったことを思い返す。
やっぱり旅行っていいわね。

 

しばらく内湯で温まった後、外の露天風呂に移動する。

露天風呂の方は、内湯ほどではないものの広めの湯船と、ドラム缶風呂のような一人用の浴槽が2つあった。
私は湯船の方に浸かることにした。

足先で温度を確認すると、そこまで熱くはなかったのでそのまま胸が隠れるまで体を沈める。
見上げると、夜空がのぞき見える。
天気は良さそうだけどあんまり星は見えてないかな、なんて考えながらボーっとしていると、

仕切りの向こう側から
「はーあ、生き返る~」
と、すっかり聞きなじんだ男の人の気が抜けたような声が聞こえてきた。

「ちょっと、大声でなに変な声出してるのよ」

「え!?ちづる!?」

「もう、丸聞こえよ」

「ううっ恥ずかしい...」
「でも本当に疲れたんだよ...」

「まったく...。ちょっとぐらいは普段から運動しておきなさいよね」

「おっしゃる通りで...」

「...」

「...」

「...でも、今回の旅行もすごく楽しかった」
「また次回もどこか行きたいって思うけどやっぱりお互い仕事とかもあるし、時間合わせるの難しいかなあ」
「もっと二人の時間取れればいいんだけどねー」

「...やっぱり、そうだよな」

「...?」

 

温泉を出たら、すぐ食事の時間になった。
形式は昨日と同じだけど、会席料理のメニューは変わっていた。

前日と同じくらいの時間でご飯を食べ終わり、部屋に戻る。


そして、和也が「一緒に行きたいところがある」というので、外に出る。

「うーっ、確かに一枚羽織らないとちょっと寒いわね」
「で、これからどこ行くの?懐中電灯まで持って」

「行ってからのお楽しみ。」

「ふーん?」


「この天気ならよく見えそう」とつぶやきながら懐中電灯を照らし歩く彼の後ろをついていく。
そして、ほんのちょっと歩いたところで彼が立ち止まる。

「ここ下るんだけど、ちょっと足場悪いから気を付けて」

「うん、分かった」

懐中電灯で足元を照らしてもらいながら慎重に進んでいく。

あれ、でもここって確か...


石で敷き詰められた少し不安定な道を気を付けながら降りていくと、ぼんやりと視界が開けた感じがした。
そこで彼が懐中電灯を消す。

急に光が消えたため視界が真っ暗になる。
が、徐々に目が慣れてきて周りが少しずつ見えてくる。


「へぇー!」

来たのは湯ノ湖だった。

昼間と違ってほとんど音は無く物静か。
夜空にそこまで星は見えないが、大きな満月が浮かんでいる。

湖面にはその満月がきれいに映し出されていて、時折波で形が崩れる。


「夜はこんな雰囲気になるのねー」

「あれ、もしかして来たことあったの?」

「昨日散歩してる時にね。でも全然違う場所みたい」


顔を上げて視界いっぱいに広がる空を眺める。


「これでもっと星が見えたらよかったわね」

「月の光が強い時は星は見えづらいんだって」

「そっか、残念。」


そう言いながら空を眺め続ける。

 


――――――――――

 

月明かりに照らされながら空を見上げている彼女を見つめる。


風呂上がりでまだ乾ききってない長い髪が鮮やかに揺れている。
顔を見ると風呂上がりでなのか少し頬がピンクに染まっている。

その姿が、なんとなく撮影旅行の時と重なった。

 


そんな彼女を見て、俺は覚悟を決めた。

 

 

「...そういえば、」

「ん?」

「なんか斑尾の時を思い出すな」
「あの時みたいに星は見えないけど、この感じ」

「そうねえ」

「......」
「小百合ばあちゃんにスクリーンで映画を見せることはできなかったけどさ、」

「...そうね」

「あの映画製作で、俺は初めてちづるの力になれたのかなって思えて。」
「それまで迷惑ばっかりかけてた俺が、初めてちづるの助けになれたんだって。」

「迷惑ばっかりだなんてそんな...」

「それからいろいろあったけど、やっぱりたまに思っちゃうんだ」
「俺は本当に力になれてるのか。これは俺がやるべきことなのか。」
「もう嘘の恋人でもない正真正銘の恋人だし、今は一緒に暮らせてるし、うちのみんなも木ノ下家の一員として迎えてくれてる。」
「...でも、ちゃんと恋人なんだけど、"まだ"恋人なんだよ。」
「一番近くにいるんだけど、法律上正式な関係じゃないし、まだまだできないこともいっぱいある。」

「......」

「......」
「...だからこそ、」

「...!」

「だからこそ、決めたんだ。」
「誰よりも近くで支えようって。"本当の家族"になって、ちづるを支えようって」

「っ....!」
「そ、それって...」

「俺と結婚しよう。これからずっと一緒に居よう。」
「幸せになろう、二人で」

 

 

――――――――――

 


私は昔から、人より"家族"というものに飢えていたのかもしれない。


さいころに父親がいなくなって、じきにお母さんも死んじゃって。
ずっとおじいちゃんとおばあちゃんとの3人暮らし。

普段はあまり気にならなかったけど、学校生活の中で時々その差を感じていた。
その度におじいちゃんやおばあちゃんが慰めてくれていた。
だから寂しさとかは全然なかった。


でも、おじいちゃんが死んじゃってからは時々感じるようになった。

おばあちゃんも変わらず優しくしてくれてたけど、体調崩す日が増えてきてた。
通院回数も増えてきて、入院するようなときもあった。

そんな時は家に一人で過ごしていた。

ただ、私には女優になるという夢があった。
女優になってその姿をおばあちゃんに見せたい。その想いだけで乗り切ることはできた。

今思うと、その夢で寂しさを埋めていたのかもしれない。

夢のためにもスクール代は確保しなきゃいけない、そして演技の練習にもなるということで、レンカノを始めた。

 

そして、彼と出会った。

 

あんな出会い方だったし、その後のふるまいからしても印象は最悪。
でも、それほど嫌な感じはしなかった。

それから彼と関わっていくうちに、彼のいいところもだんだん見えてきた。

頭がいいことじゃないと分かっていても、バカなことだと分かっていても、これがいいと思ったら突っ走ろうとする。
たとえそれが自分が損することでも。

私にだって原因があるのに、それを全部自分のせいだから、と私をかばってくれる。
私を守ろうとしてくれる。

そんな彼に惹かれていった。


おばあちゃんが倒れて、スクリーンに立っている姿を見せられなさそうになって、どうすればいいのか分からなくなったとき、
彼は映画を作ろうって言ってくれた。

おばあちゃんが死んじゃって、気丈に振る舞おうとしていたけど、寂しくてどうしようもなくなって苦しかったとき、彼はデートに誘ってくれた。
彼のおかげで乗り越えることができた。

本当に辛い時、いつも彼は私を助けてくれた。


そんな彼を好きになっていった。

 

 

 

「俺と結婚しよう。これからずっと一緒に居よう。」
「幸せになろう、二人で」

「......」

「......」

「......」

「...ちづる...?」

「......私も」
「私も、ずっとあなたとそうなりたいと思ってた」
「...だから、凄く嬉しい...」

「...よかった」
「...じゃあ、これ」

「...?」

彼が、懐から見覚えのある小さな箱を取り出した。

「っ...。これって...」

「ちゃんと自分の金で買った方がいいのかな、とも思ったんだけどさ」
「やっぱり、代々受け継いできたものだし。」
「ちづるに、木ノ下家の一員になってほしいっていう思いもあるし、やっぱりこっちの方がいいと思って」

「...っ」

途端に込み上げてきた。

 

 

嘘の彼女のときから、ご家族には良くしてもらっていた。

本当に付き合ってからは、より一層大事にしてくれていた。
それこそ、本当の家族のように。


私自身、それがすごく心地よかった。
心の隙間が埋められていくような気分だった。


でも、心のどこかで後ろめたい気持ちも少しあった。

すべて話してもう解決はしているけど、やっぱり嘘をついていたという事実があったから少し申し訳なく感じることもあった。
そして、まだ彼女だから。家族にはなってないから。

皆、本当の家族として迎えてくれるけど、自分ではどうしてもそれが頭のどこかにあるから、遠慮してしまっていた。


「この指輪が"家族の証"。」
「...嵌めても、いいかな...?」

「...うん、うん...っ」


涙をこらえようとしながら、とある言葉を思い出していた。

 


『前を向き、夢はかなうとあきらめなければ、お前を支えるものは必ず現れる!!』

『でも彼ほど、貴方に相応しい人はいないわ』


ねえ、おじいちゃん。
もしかしてこの人と出会うこと、分かってたのかな?


ねえ、おばあちゃん。
こうなること最初から分かってたの?

 


彼が私の左手を取り、薬指に指輪を通していく。

「これで、ちづるも"本当の家族"だ」

「うんっ...!うんっ...!」

涙を抑えるのは、もう不可能だった。

 


おじいちゃん。おばあちゃん。

私にも、「宝物」みたいな人ができたよ。
この人と一緒に幸せになるんだ。


だからね、天国からずっと見守っててね。


「ありがとう...っ、かずや...っ」


愛してる、和也。

 

――――――――――


二人で宿に戻った。
電気を消しているけど、窓から差し込む月明かりで部屋が薄明りに照らされている。

布団に座りながら、二人でその窓を見つめる。


「なあちづる」

「なに?」

「ちづるはいつから結婚のこと考えてたんだ?」

「うーん、鬼怒川行った時だったかな?」
「でももう少し前からちょっと考えてたかも」

「そ、そんなときから...」

「......だって、私には和也しかいないから。和也しか考えられない」

「ちづる...」

「かずや...」

 

彼女に近づいていき、唇を重ねる。
そして舌を入れていく。
拒まれることもなく、彼女も舌を絡めてくる。

「んっ...」


舌を絡め合ったまま、布団の上に体を倒す。

そのまま彼女の浴衣を崩していくと、白い肌があらわになる。
窓から差し込む月の光で、いつにもまして肌が艶やかに見えきた。

「...そんなにじっくり見ないでよ」

「でも、初めてじゃないし...」

「恥ずかしいものは、いつだって恥ずかしいのよ...」

「ちづるがいつも以上にきれいだったから、つい」

「もう...」


綺麗な肌に見とれていたが、
付けている下着が赤のかなり攻めた感じの下着であることに気が付いた。

「この下着...」

「...だって、今夜することになりそうだったし...」
「あんまり恥ずかしいの着けたくないじゃない」
「...言わせないでよ、もう...」

彼女も同じ気持ちだったことに、とても嬉しくなる。


「んっ...」

そんな気持ちになりながら、彼女の白い肌にキスをしていく。

彼女の綺麗な体のラインを感じながら上から下へとキスを続けていくと、徐々に彼女の息も乱れていった。


「っ...。そっちの方はちょっと...」
「あっ..!」

足の方まで行くと、途端に色っぽい声を出した。

「...ちづるってホントに足弱いんだな」

「...言わないでよ...ばか...」
「あっっ♥」
「もうっ...」

そんなかわいらしい彼女を見ると、もう少し足をキスしていたくなってしまう。


上半身に戻り、胸元へのキス続けながらブラの上から彼女の大きな胸に手を伸ばす。

「んんっ...」

普段の服からもわかるけど、こうやって間近に見るとほんとに大きいんだなと思う。

それに、下着の上から触れていても柔らかさと弾力が伝わってくる。
あまりにも触り心地が良くて、手が離れなくなっていく。


「んんっ♥」
「...はぁ。...あなたってホント私の胸好きよね」

「ははは...」

「まったくもう...」

「...」
「...下の方、いい...?」

「......」
「...うん」


腕を胸から下半身の方まで伸ばしていく。


「あっっ♥」

 

 

......

 


......

 


.........

 


...........

 


――――――――――

 

3日目朝。7:00からの朝のお散歩会に二人で参加している。

木漏れ日が差し込む中、朝日で輝く湯ノ湖を眺めつつ手をつないで歩く。

「うーん、式とかどうしていこうか」

「そうねえ...」
「まぁ、ゆっくり二人で考えていくのもいいんじゃない?」
「時間はまだまだあるんだしっ」

「...そうだよな!」


こうして一歩ずつ二人の幸せに向かって歩んでいく。

私の左手の薬指は、朝日に照らされて光り輝いていた。

 

おしまい


―2021.11.06(第4回妄想大会)投稿


コメント
OC第4回妄想大会のメイン作品
書くのに2、3週間かかった

前回の妄想大会で、次はプロポーズですねっていうコメントがあったので書いてみた
あと、そっち系の描写も期待してるという声もあったので何とかイメージして書いた


今回の妄想大会の個人的テーマとして"挑戦"を挙げていた

プロポーズもそうだしそっち方向も全く経験がないからもう想像で書くしかないので、それに対しての挑戦。

最後に載せたイラストに関しても、今回はほぼ模写なし(一部参考にした部分はあり)で構図から考えたイラスト、背景・効果も初めてだし、色もかなりこだわったのでそういう意味でも挑戦。

どちらも間に合ってよかった。


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今回の大会イラスト 指輪嵌めるシーンをイメージ