将来と彼女(第3回妄想大会投稿作品その1)

―――スペーシアきぬがわ車内

 

 


「仕事入らなくてよかったな」

 

「そうね。まあ、もし入りそうになったとしてもマネージャーさんに言ってずらしてもらったと思うけど」

 

「はは、ありがとう」

 

「別にいいのよ。せっかくあなたとの二人の時間だし、大事にしたいもの」

 

 

今回、和也と私は鬼怒川に向かっている。前みたいに和也に誘われて1泊2日の温泉旅行。

 

(こういうのほとんど和也に企画してもらっちゃってるし、たまには私の方から提案しないとちょっと悪いかも。)

 


...と、とにかく、今回は日程に関してはこちら任せにさせてくれたから空いてる土日を利用することにした。
その後、無事に仕事が入ることもなく今日を迎えている。

 


私の仕事の話をしたり、和也によるお魚のうんちく話を聞きながら電車に揺られること約2時間。

 

 


―――鬼怒川温泉駅

「やっぱりこっちの方来ると東京よりは少し涼しいわねー」
「でも池袋からここまで電車一本で来れるのも結構楽」

 

「でも直通って結構本数少ないんだよ」

 

「へえ、そうなの」
「ま、とりあえずホテルに向かいましょ」

 

「そうだな」

 


からしばらく歩くと、宿泊予定のホテルに着く。
でもチェックイン時間前に到着してしまったので荷物を預かってもらってしばらく近くを散歩することにした。

 


「そこに大きな橋あるし、ちょっと行ってみない?」

 

「お、おう」

 

ホテルの近くにあるかなり大きな橋に向かう。

 


―――鬼怒楯岩大吊橋

 


行ってみると、横幅はそこまで広いわけではないけど、結構長さのある橋。
でもその分かなりしっかりした造りで特に心配はなさそう。

 


橋を渡っていくと中央地点辺りが広くなっているので足を止めて周りを見渡してみる。

 


「おーーー!!」

 


目を向けると視界には、大きく流れる鬼怒川とそれを挟むように緑が広がっていて、そこから見え隠れする岩肌が渓谷感を漂わせている。特に視界を遮るものもなく、橋の位置が高いこともあって川のかなり先のところまで見通せる。
建物もないので視界上部全体に空が広がっていて、空の青と緑がよく映える。

 


「この渓谷美?やっぱり東京じゃこんな景色見れないわね~」

 

「もっと上流のほうに龍王峡っていう渓谷散策できるとこあるらしいよ」

 

「へえ」
「でも今回は時間的に厳しいし、また機会があれば行ってみたいわね」

 

「そうだね」

 

「それにしても、いくら丈夫そうとはいえこれだけ人が乗ってると少し不安になってくるわね」

 

「確かに、真ん中のほうまあまあ揺れるし」

 

「とりあえず先行きましょ」

 

「おう」

 

そのまま橋を渡りきる

 

「この先展望台あるみたいね」

 

「展望台のところに、縁結びの鐘、っていうのもあるみたい」

 

「へー、いいじゃない」

 

「まだ時間あるし、行ってみる?」

 

「そうしましょ」

 


少し急な階段を登りトンネルを越えると少し広場のようなところに出た。
そこには小さな神社と、

 

「なんか鬼の像がある」

 

「そういえば橋のところにもあったわね」

 

「鬼怒太っていうみたい。えっと...」

 

鬼怒川温泉にある七体の鬼怒太は、子宝岩である楯岩から誕生したのです。
この鬼怒太誕生を記念して、誕生広場のモニュメントとして誕生鬼を設置しました。縁結びと子宝を願う、全ての人々の思いを象徴します。”(※現地看板より)

 


子宝。

 

「「......」」

 

「せ、せっかく来たんだしお参りしていきましょ!」
「展望台もそこの階段から行けるみたいだしっ」

 

「そ、そうだな!」

 


お参りを済ませ、展望台へ向けて階段を上る。
しかしこれが思いのほか段数があり、頂上に着くころには少し息が荒れていた。

 


「ハァハァ...やっと着いた...」

 

「ちょっと大丈夫?普段から運動しておかないからそんな風になるのよ」

「ははは...」

 


「でも、登ってきただけあってよく見えるわね」
「温泉街が一望できる」

 

「こうしてみると、川沿いに発展してきた街って感じがするな」

 

「ははは、なにそれ」
「それで、これが縁結びの鐘?」
「思ったよりシンプルな感じね」

 

「あれ、これどうやって鳴らすんだ?」

 

「あらホントね、特に紐みたいなのもないし、鳴らすための道具みたいなのもないし」

 

「うーん...あれ、もしかしてこの錠前で鳴らすのか?」

 

「錠前?」

 

鐘をのぞいてみると、確かに中に錠前が一つ結ばれていた。

 

「なんか変わった鐘ね」

 

「ちょっと鳴らしてみる」
と、彼が鐘を鳴らそうとするものの、うまく錠前が当たらず。

 

「これ、結構勢いつけないと鳴らせないかも」

 

「せっかくだし二人でやってみる?」

 

「いいね、それ」

 

「じゃあ"せーの"でいくわよ?」

 

「「せーのっ」」

 

と、二人で小さな錠前を勢い良く振ると今度は鐘に当たった。
が、音がそこまで響くわけでもなく少し地味ものになった。

 

「...こんなのでいいのか?」

 

「ふふっ、これはこれでありじゃない?」
「もうすぐチェックインの時間だし、戻りましょ」

 


そこからホテルまで戻り、改めてチェックインを済ませ部屋に向かう。

 

―――ホテル

 


部屋の窓からは、先ほど渡った橋を上から見下ろすことができた。
「こうして見ると、絶壁を結ぶ橋って感じがして少しぞくっとするわね」
「私このまま温泉向かうけど、あなたはどうするの?」

 

「俺はもう少しゆっくりしてるから、先行ってていいよ」

 

「そう。じゃあお言葉に甘えて」

 

 

先ほど二人で登ってきたエレベータに乗り今度は一人で下る。
その間何となく手持ち無沙汰になりエレベーターの中を眺める。

 

すると、各フロアの一覧図が目についた。
そこには各階にある施設の名称が記載されていた。

 

その中のいくつか宴会場がある階の中に一つだけあったものに目が留まった。

 


”結婚式場”

 


...そうよね。

 

今はまだ気が早いけど、この先にそれがあるのも事実なのよね。

 

ちょっと頼りないところもあるけど、私のことを一番に応援してくれる人。
私の一番大好きな人。

 

 

「結婚、か...」

 


そんなことを考えながら、温泉へ向かった。

 

 

......

 

 

―――夕食

 

「わー、おいしそー!」

 

「こっちにドリンクメニューあるから何か頼もうか」
「ちづる先選んでいいよ」

 

「ども」
「へえ、別注料理なんてあるのね」
「う~ん、私はこれかな」

 

「俺はどうしようかな...」
「ほんとだ、別注料理ある」
「どんなのが...」
「!」

 

「?」

 

「じゃあ俺はこれで」
「すみませ~ん」
「これとこれと、...あと別注料理のこの"蟹盛り合わせ"をお願いします」

 

『承知しました』

 

...えっ??蟹?

 

「ちょ、ちょっと...」

 

「何?」

 

「何、って蟹なんか頼んじゃって大丈夫なの?」
「メニュー見たら3500円もするじゃない」

 

「いいって、そんなの気にしなくて。」
「だってちづる、あの10時間デートの時に蟹ですごく喜んでくれてたし、好きって言ってたから」

 

「......ありがと」

 

 

確かにあれで好きになったけど、今はちょっと違うかな。

 

 

"和也と一緒に食べる"蟹が好き。

 


......

 


―――夜

 


布団に入る。

 


起きたら先に荷物まとめないと、なんて考えていたところでふと思う

 

 

......

 

今回も楽しかったなあ。
でも、なんとなく二人の将来を考えるようなことが多かったかも。

 


結婚に関してだって頭になかったわけじゃない。
もちろん彼のことは大好きだし、結婚するなら彼がいい。
というか、彼しかいない。

 


それでも私はまだまだ駆け出しの女優だし、もっと安定するまでは結婚はできないかな。
多分彼もわかってくれている...はず。

 


でも、時々ちょっと彼と距離を感じてしまうことがある。
彼が私の事を好きでいてくれているのはすごく伝わってるし、そこの心配はしていない。
だけど、一歩引いているというか、少し引け目のようなものがあるような気がしている。

 

これに関しては、前からさんざん言ってはいるけどまだどこか思うところがあるみたい。

 

彼の性分なのかもしれないけど...。

 

,,,でも私は、もっと彼と同じ目線で接したい。
もっと対等でいたい。

 

...私だって、もっとあなたを頼ったりしたいもの。

 

 

前の旅行だって、そんな感じで何もなかったわけだし...

 

結婚はまだでも、そういったことができないわけじゃない。

 


...やっぱり私からじゃないとダメなのかなあ。

 


そう思った私は、深呼吸を一つ。
決心した。

 


そして上体を起こし彼の布団の方を向く。

 

 

 

...しかしそのワンテンポ早く、彼が同じように起き上がっていた。

 


「...」

 

少し驚いてしまい、すぐ言葉が出なかった。

 

「......ちづる。」
「...箱根でできなかった"あれ"、いい...かな...」

 

 

ああ、よかった。

 

あなたも変わろうとしてくれているのね。安心した。

 


安心したら、余計に想いが込み上げてきた。

 

 


「...うん」
「いいよ、和也」

 


そのまま唇を重ね―

 

 

 

......

 

 


......

 

 


......

 

 

 


...目が覚めた。
外はすっかり明るくなっている。

 

 

朝か...。
あの後、そのまま寝ちゃってたのね。

 


ふと、隣で寝ている彼の顔に目を向ける。

 

 

すると、彼も目を覚ましたようだ。

 

「おはよ、和也」

 


「...おはよう、ちづる」
少し寝ぼけながら彼も返す

 


彼の顔を見ていたら昨夜のことを思い出してきて、少し恥ずかしくなる。

 

...けど、それ以上にうれしいという感情の方が大きくて自然と笑顔がこぼれた。


「朝ごはん行く前に、先に帰りの支度進めよっ」

 

和也との初めて記念、きっと忘れないと思う。

 

 

...”初めて記念”?
なんかどこかで見たような聞いたようなフレーズ...

 


まあ別にいっか!

 

 

おしまい

 

―2021.08.14(第3回妄想大会)投稿

 

コメント

第3回妄想大会用に準備していた作品

今回も自分で行った時のを元ネタとしたわけだけど、もしかしたら妄想に使えるかもとネタ探ししながらの旅行だった

 

実際この中で使ったネタとしては、橋と縁結びの鐘以外は現地で見つけたネタ(鬼怒太及び子宝、エレベータの中、別注料理)

妄想ネタとしてもかなり収穫の多い旅行だった

 

また、夜のシーンは前回の作品があれで終わっているので、今回はやるしかない、と。

でもそんな描写書けないし書いていい場でもないので朝チュンでごまかす。

 

結果的に、最初のちづるからも誘わなきゃっていうフリが前記事のお祭りにつながったりするので、時系列的にはこの後にお祭りがあった方がきれいかも