旅行と彼女と○○の日(第2回妄想大会投稿作品その1)

和也とちづるが"本当に"付き合うようになってからしばらくたったある日―

 

 

 

ピンポーン

 

インターホンが鳴る。

 

「なあちづる、再来週の土日って空いてる?」

 

「どうしたのよいきなり」

 

「箱根旅行行こうと思ってさ」

 

「え?でもその日って...」

 

「あ、もしかして仕事入っちゃってる?だったらしょうがないけど」

 

「そんなことない、空いてる」

 

再来週の土日、確かに予定は空いてる。というか空けてる。

 

「ならよかった!じゃあその日は9時に下集合でよろしく!」

 

「えっ、ちょっと待って!」

 


...行ってしまった。

 


別に旅行行くのは嫌じゃないし、むしろ行けるのなら行きたい。
でも。

 


和也、分かっててその日にしたの?ならそれでいいんだけど。
だってその日は...

 

それに、旅行ってことは...

 

 

 


――当日。箱根ロマンスカー

 

「いやー、今日は晴れて良かったな」

 

「本当ね。旅行日和って感じ」

 

今日は快晴。雲一つない青空、これ以上ないってくらいの天気。

 

...やっぱり少し気になっていたのでそれとなく聞いてみる。

 

「でもどうしていきなり箱根行こうなんて言い出したの?」

 

「ああ。ばーちゃんが、前にクーポン券貰ってたのすっかり忘れてたみたいで」
「もう期限が近くなってきちゃってたから「じゃあお主らで使ってくれ」って感じで押し付けられて」

 

「そう、和おばあちゃんが。でもなんで今日だったの?」
実はこっちが本題。

 

「バイトのシフト的に期間中は今日明日ぐらいしか入れられなくてさ」
「だから、ちづるも空いてるか心配だったんだけど、大丈夫そうで良かった」

 


「...そうなんだ」

 

和おばあちゃんからクーポン券貰ったからそれを使うため。
今日明日ぐらいしか行けそうな日がなかったから。
だから今日行く。

 


別にそういうつもりだったわけじゃなかったんだ。
そう...

 

 

 

....いやいや!
だとしても、せっかくの和也との旅行なんだしっ
楽しまなきゃ損よ!

 

 

 


――ロマンスカー箱根湯本駅へ。そのまま箱根登山鉄道に乗り換えて強羅駅
宿泊予定の宿に荷物を預け、ケーブルカー、そして箱根ロープウェイに乗る。

 

 

 

「ロープウェイってさ、ちょっとドキドキしない?」

 

「そうか?」

 

「なんていうか、ゆっくり上がっていくから早く上に行きたくても行けないもどかしさ?上への期待をじわじわ高めさせてくれる感じ?」
「観覧車に乗ってる感じが近いかも」

 

「なんかわかる」

 

「だから、こういう時間も私は好き」

 


そんなやり取りをしているうちに、進行方向側の斜面を登り切り一気に視界が開ける。
すると...

 

「おーーっ!」

 

眼下にはあちこちから絶えず噴煙が湧き出る大涌谷
そして向こうには。

 

「富士山がこんな近くに!」

 

視界が開けた先にどんと顔を見せる富士山。
西武線からでも富士山は見えたりするけれど、それの何倍もはっきり、そして大きく見える。

 


ロープウェイを降りて、大きな駐車場の方へ向かう。
こちらからだと視界を遮るものが何もないため、先ほどより富士山がはっきりとそびえる。

 

世間ではもうすっかり春。東京は桜も結構散り始めている時期。
でも標高が全然高い富士山は雪に完全に覆われている。

 

快晴の青空を背景に、その白がより一層際立つ。
そんな感じで眺めていたら。

 


「ちづる、こっちで黒たまご売ってる」

 

「黒たまご?」
確かに何やら行列ができている。

 

「この大涌谷の底にある温泉池で卵を茹でると、谷の硫化水素と殻が反応して黒くなるみたい」(HP参照)
「このたまごを食べると寿命が七年延びるとか」

 

「へーっ。せっかくだし買ってみましょ」

 


行列に並んだ末購入。

 


「本当に真っ黒ね」

 

「殻剥いてみよう」

 

黙々と殻を剥く。

 

「中は普通に白いのね」

 

「殻が黒くなるだけで、たまごそのものは別に反応するわけじゃないってことかな」

 

「あー、なるほど」
「この塩はかけるための塩?」

 

「そうかも」

 


その塩を振りかけて食べてみる。

 

「おいしーっ!」

 

「ほんと、うまい!」

 

「今まで食べた茹で卵で一番おいしいかも」

 

「これで俺もあと七年長生きできるな!」

 

「あははっ」

 

 

そんな感じでしばらく大涌谷を楽しんで、強羅に戻る。
宿でチェックインしたら、しばらくのんびりして夕食。

 

――その後の温泉

 


「は~~っ生き返る~~」
「やっぱり温泉はいいわねえ」
「ご飯も美味しかったし。温泉旅行サイコー」

 


....。

 

 

 

最近ずっと忙しかったから今日はすごく楽しかった。その間は仕事のことを忘れられるくらい。
それに...和也と一緒だったから。

 


今日は特に彼と一緒に居たかった。
だから、一日ずっと過ごせてとても幸せだった。

 

...でも、

 


でも。

 

結局一度も彼から"あの一言"がもらえなかった。
彼の口から"あの一言"が聞けなかった。

 


...もしかして、忘れてるのかな...

 

 


――温泉を出て、廊下を歩く。

 


あまりにも気持ち良かったから、少し長居しちゃった。
...ちょっと考え事しちゃってたし。

 

それに、きっとこの後は...

 

 

部屋の前に着き、少し緊張しながらドアを開ける。

 

...すると、すでに部屋の中は消灯されていた。

 


暗さに目が慣れてきてよく見ると、すでに彼は布団に入って寝ているようだった。

 


...。

 


彼を起こさないように気を付けながら寝る準備を済ませ、私も布団に入る。

 

 

...

 


......

 


ねえ和也。

 

今までも何回か宿泊はしたけど、今回は付き合ってから初めての旅行なのよ?

 

"そうなること"になるんじゃないか、って思うじゃない。
それくらいわかるわよ。

 

私だってその覚悟はしてきた。

 

...そういうやつだって、つけてきてる。

 


でも、先に寝ちゃうなんて...

 


そのつもりはなかったの?

 

 

それに、結局あなたは今日一度も言ってくれなかった。

 

前だってそう。手紙では書いてくれていたけど、あなたの口からは聞いていなかった。

 

 

ねえ和也。本当は忘れてたの...?

 

だって今日は...

 

 


時計は0時を回ろうとしている。

 

デジタルカレンダーには 「4月19日」と表示されていた。

 

 

だって今日は、

 

私の誕生日なのに....

 

 

......

 

 

............

 

 

..................

 

 

.........ぐすっ

 


「......ばかかずや」

 

 

そのまま私は眠りにつく。

 

 

 

 

...意識が遠のく中、かすかに何かが聞こえたような気がした。

 

 

 

「...ごめん、ちづる」

 

 

 

――翌日。芦ノ湖遊覧船。

 

 

「(ちづる、今日ずっと元気ないな...)」
「(やっぱり昨日の夜のこと気にして...)」
「ちづる、あのさ...」

 

「...ごめん。ちょっと一人にさせて。」

 

「...」

 

 

船の最上階に出る。
春といえど、まだ4月。それに標高もあるので風が肌寒い。

 


...。

 


そういえば前もこんなことあったな、あれはいつだっけ。

 


...ああ、下田のフェリーの時か。

 


木部さんにチケット渡されて、それで和也と一緒に乗って。
でも私が体調崩しちゃって、そのまま海に落ちて。

 


そして...

 


......

 


私はあの時から彼のことを...

 

 

彼にもらったおそろいのキーホルダーが風に揺れる。

 


......

 

 


ねえ和也。

 

本当に誕生日のこと忘れてたの?

 

 


...本当に私のこと......好きなの...?

 

 

「和也...」

 


自然と涙がこぼれだす。

 

 


「ちづる...」

 

「あっ...」
「ご、ごめん!ちょっと風が強くて、目が乾いてきちゃった」

 

「......」

 


「......」
「ねえ和也」
「昨日はありがと。」
「すっごく楽しかった。おかげで仕事のこと忘れられるぐらい楽しく過ごせた。」
「......」
「...ほんとはね、昨日は仕事の予定入りそうだったの。」
「でもね、この日だけはどうしても空けておきたかったら、マネージャーさんに無理言ってずらしてもらった。」
「...だって、この日は一日あなたと過ごしたかったから。」
「だから、偶然だったとしても、今回あなたと旅行できてうれしかった。」

 

「...」

 

「...でもさ、今回は付き合うようになってから初めての旅行でしょ?」
「...もしかしたら"そういうこと"だってあるかもしれない。」
「私だってわからないわけじゃないし、...ちゃんと覚悟もしてきた。」
「...でも、結局あなたは何もしてくれなかった」

 

「...っ」

 

「...それに」
「......」
「...結局昨日あなたは一度も祝ってくれなかった。あなたの口から聞かせてくれなかった」

 

「!!!」

 

「......」
「ねえ、本当は忘れてたんじゃないの...?」
「だって...昨日は私の―」

 

「ちづる!!!」

 

「!!」

 

「実はさ...ばあちゃんからクーポン券を貰ったって話、...あれウソなんだ」

 

「え...?」

 

「何をプレゼントすればいいのか、ずっと考えてて...」
「そんなに金あるわけじゃないから高いものも買えないし、」
「だからといって簡素なものにもしたくはないし、どうしようかな、って悩んでたんだけど...」
「ちづる、温泉好きだったし、温泉旅行とかいいんじゃないかと思ってさ」
「最近ずっと仕事で忙しそうにしてたから、あんまり休めてないんじゃないかって」
「...だから、実は昨日の一日そのものがプレゼントのつもりだったんだ。」
「あんまり気を遣わせたくなかったから、ウソついちゃってたけど」
「リフレッシュできていたんだとしたら、本当に良かった」

 

「...じゃあ、別に忘れてたってわけじゃ...」

 

「そんな、忘れるわけないじゃん!!」

 

「っ!!」

 

「一年の中でも、とても大事な日だよ。むしろ俺のよりも先に思い浮かぶ」

 

「和也...」

 

「...でもやっぱり、ちゃんと言葉で伝えないとダメだよな...」
「前に、「女心が分かってない」って言われたことあるけど、こういうところなのかもな...」

 

「...」

 

「...一日遅れになっちゃったけどごめん。ちづる、誕生日おめでとう!」

 

「っ...、......ありがと」
「...で、でも夜の件はどうなのよっ!そっちの説明にはなってないわよっ」

 

「そ、それは...」
「...もちろんそういう気持ちもあったけど、どうしても勇気出なくて...ごめん...」

 

「...」

 

「...」

 

「......ぷっ」

 

「!?」

 

「あはははは!」

 

「な、なんで笑うんだよっ」

 

「ごめんごめんっ」
「やっぱり和也は和也だなーって思っただけ!」

 

「なんだよそれ」

 


ちょっと情けないところもあるけど、和也はいつも私の事を想ってくれて、いつも力になってくれる。
それは全然賢いやり方じゃなくて、うまくいかないこともたくさんあるし、逆に状況が悪化しちゃうこともある。
でもその分、彼の気持ちが痛いほど伝わってくる。
不器用だけど一生懸命でまっすぐな、そんな彼だからこそ私は...

 


「でもやっぱり、ちゃんと言ってくれないと伝わらないし、楽しむものも楽しめない!」

 

「ご、ごめん...」

 

 

...私は、そんな彼の唇を奪った。

 


「!?!?!?」

 


「今回はこれで許してあげるっ!」

 


「ちづる...???」

 


そんな和也が私は好き。演技ももちろん大好きだけど、それと同じくらい彼のことも大好き。

 


「ねえねえ和也っ!ここからも富士山見える!!キレー」

 


そんな彼に応援されているからこそ、より一層演技の仕事を頑張らなきゃと思う。

 

 

 

――帰りのロマンスカーには、肩を寄せ合いながら眠る二人の姿があった。

 


おしまい

 

―2021.05.09 (第2回妄想大会)投稿

 

コメント

妄想大会参加にあたり、どんなネタにするか悩んだ。

ちづる温泉旅行好きだしちょっとそっち方向でやってみるか、と今まで行ったことのある旅行先を探す。

このちょうど2年前に友人たちと行った箱根があったのでそれを採用。

そこから一気に構想が浮かんでいった。

 

個人的にラブコメの"落として上げる"展開が大好物なのでそれをやってみた。

ただ、自分で書いておきながら落としてる部分の辛い事辛い事。

印象的になるように入れた「ねえ和也」の連発が自分にぶっ刺さる。

 

最後の唇を奪う表現、これも自分に刺さる。キュンキュンする。

 

...自分の妄想作品は、自分の自己満足なところはかなりある

 

ここから会話ベースの妄想になっていく。

二人の会話をスペースをうまく使って表現しだしたのはここから。

 

セリフの間にスペースがあるときはしゃべり手が相手に代わる。

ない時は同じしゃべり手が続けて発言している。